おそらくこの寺院で結婚式を挙げた日本人は(今のこの状況を考えると)後にも先にも私だけなのではないかしら。遠くインドからもわざわざ参拝に来る人がいるこのお寺は、古典叙事詩にも登場する有名な場所です。
手から腕にかけて、びっしりと模様が描かれているのがご覧いただけるでしょうか。これが「メヘンディ(ヘナタトゥー)」です。ヘナという植物の葉を粉末にし、ペーストに練りあげて肌を染める、婚礼や祭事の装いのひとつ。
結婚式の前の晩、私の部屋にやってきたのは20歳くらいの可愛い女の子。挨拶もそこそこに、彼女は自分の手につけていた銀の指輪をサッとはずしてバッグにしまうと、ヘナペーストの入ったコーンのピンを抜き、手慣れた様子で私の手と足に模様を描きだしました。清涼感のあるペーストが皮膚にのりはじめると、部屋はヘナの香りに包まれました。
手を使い・目を使い・頭を使うこの施術は、描く場所が大きいブライダルパターンのときは体力的にもかなりタフ。特定のテーマやモチーフをひとつ描きあげるたび、彼女は真っ黒な髪をかきあげて「ふう」と息をつき、私の方を見やります。「つかれてない?」と。私はかぶりを振って「ぜんぜん!」と答えました。だって、彼女の技術に夢中だったんですもの。
描きあがったメヘンディは時間をおいて、肌を傷めないよう油を使いながら(施術箇所が大きいため・日本で施術をうけるときはあまり使わないかも)落とします。
「明日の朝の色を見てみてね。女性はこの色が濃く出れば出るほど、愛されるって言われているのよ」
最後まで付き添ってくれた姪っ子がいたずらっぽくそう言い残して帰っていきました。時折、ひとりでどこへでも行ってしまいたい衝動にかられる自分のことをよく知っている私は(じゃあ、あんまり濃く出ないでもいいのかも…?)と思いながら床についたのでした。